昆虫採集(こんちゅうさいしゅう)とは、昆虫を捕まえることである。研究目的、あるいは趣味としてこれを行う。ここでは捕まえた後に殺し、乾燥標本として収集する行為についてを扱う。
昆虫採集の楽しみ
昆虫の乾燥標本を集める趣味は、歴史が長い。研究者であっても、趣味として昆虫のコレクションを行っているものも珍しくない。ヨーロッパでは貴族的な趣味の一つと見なされる。そのための専用の昆虫採集人という職業があるほどである。そのようなコレクションが、博物学やその系譜を引く分類学を支えてきた面もある。イギリスの富豪ロスチャイルド家のナサニエル・チャールズ・ロスチャイルドとミリアム・ロスチャイルド父娘は、ノミのコレクションをしていたことで有名で、そのために北極へ採集船を仕立てたこともあったと言われている。世界のノミの分類学研究は、世界中のノミの標本を網羅したナサニエルと、父のコレクションを整理研究したミリアムの功績にって大成されたのである。
昆虫は圧倒的に種類数が多く、多様であるので、すべてを集め尽くすのはほぼ不可能である。また、地方変異や個体変異など、並べて比べる楽しみもある。宝石並みの美しさを持つものや、奇妙な姿のものもある。虫を追っかける狩猟的行為そのものを目的とする原始的な楽しみ、という面もあろう。 何でも集める人もいるが、多くの人は特定の分類群に情熱を集中する。特にチョウは古今東西、一番の人気を誇り、その知識の集積はすさまじいものがある。これまで蓄積された学術情報の密度が極めて高く、たとえば蝶の標本1つから、それが世界中のどの島のものか、どの季節に取れたのかがわかる場合があるほどである。対照的に、ガは人気が低く、ごく一部の根強いコレクターがいるばかりであった。最近ではチョウの学術的解明が進んだため、研究志向の愛好家は対象をガに移行させる傾向が見られる。それでも標本づくりに特殊なテクニックを要する小蛾類の愛好家はあまり増えていない。
他にコウチュウ目(甲虫目)のオサムシ・ゴミムシ類、カブトムシ類、クワガタムシ科も人気が高い。コガネムシ類、カミキリムシ科などもなかなかの人気である。コガネムシ目のそれ以外の昆虫をまとめて雑甲虫と言ったりもする。ほかにトンボなども地道な人気があり、愛好家に占めるハイレベルの研究家の率が高い。不人気な分類群はプロの研究者と相互補完的関係にあるアマチュア研究家のマンパワーが不足するので、研究がなかなか進まない傾向がある。ハエ目がその代表であるが、近年美麗な種の多いハナアブ科は採集者が増えつつあり、日本のハナアブ相がそれに比例して詳細に解明されつつある。また、やはり通常の昆虫標本の製作法(後述)が適さず、煩雑な方法でプレパラートなどにしなければならないアブラムシやトビムシ、アザミウマなどの採集者は、プロの研究者以外にはほとんどいないのが現状である。
昆虫採集の実際
昆虫採集を行うには、それなりの場所へゆくものである。必ずしも遠くへ行く必要はないのだが、身近で採集できるものは限られている。それでもたまには近所で珍品に出くわす場合もあるので、いつでも最小限の採集用具を持つのは、採集家のたしなみである。本格的に採集に出かける場合は、当然ながら、野外活動の身支度とともに、採集用具をひっさげて出かける。道具は対象分野によって様々である。
プロとアマチュア双方の世界に採集者が多くいるため、採集や標本作製のための様々な道具もある程度の市場規模が期待できる。そのため、昆虫採集専門に工夫されたの器具類の開発が進んでおり、研究用機器としては比較的安価に市販もされている。捕虫網(ほちゅうもう)はどの分類群に対しても使われる。飛ぶ昆虫、チョウやトンボを追っかけるには必須であるが、飛ばないものが相手でも、見つけたときに落ちて逃げるのを防ぐために下に受けるとか、藪を薙いで目につかない虫を集めるなどというふうにも使う。一般の玩具として売られているものは、枠が柔らかい針金でできているので、枝などに当たれば曲がってしまう。専門的なものでは、スプリングが効いて丸く畳めるものや、4つ折にできるものなど、丈夫で、しかも持ち運びの便利なものがある。直径は50?60cm程度のものが普通である。竿の部分は網の部分を折りたためばポケットに収納できる程度の短いものから、繰り出し式になっていて、のばせば10mなどというものも存在する。なお、これらの道具は釣り用具を流用しているものもある。
探して回る採集が基本であるが、昆虫の集まるポイントというものがあり、そのような地点で粘る採集家も多い。それは餌場であったり、繁殖地であったりという例もあり、たとえばたくさんの花をつける木にはチョウや様々な昆虫が集まるし、伐採した樹木を積んだ場所にはカミキリムシなどが産卵のために多数集まる。他にたとえば山頂付近などに下から様々な昆虫が吹き上げられてくる場所がある、と言う例もある。昆虫の方をこちらに呼び寄せる手段もある。そのようなものをトラップと称している。広い分野で有効なのが、夜間に明かりをつけて虫を集める、燈火採集と言うやり方である。他に、容器に餌を入れて、虫を呼ぶなどの様々なやり方がある。
捕まえた昆虫は、酢酸エチルなどの蒸気で殺すが、そのために、細い管瓶で、口をコルク栓で止め、底にくびれた部屋があって、その中に脱脂綿を押し込み、そこに薬品を吸わせておく。これを毒瓶(どくびん)あるいは殺虫管と言い、つかまえた虫をこれにどんどん放り込んでいく。大型の昆虫用には毒壺(どくつぼ)がある。 又、チョウなどは、羽に鱗粉があって物に触れるとそれがはがれ、斑紋が失われる。これを避けるため、パラフィン紙を三角に折ったもの、三角紙(さんかくし)に包み、専用の三角ケースに入れる。トンボやカゲロウなど翅の薄い昆虫もこれを使う。